私も教祖になれました。完全教祖マニュアルのすすめ。

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この記事は、私がオススメする本を紹介します。
3分では読めない長文ですので、お気をつけください。

最初に

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自分の生まれた意味について考えたことはありますか?
私は人をハッピーにするために生まれてきました。
そう、神が私に人をハッピーにせよと告げたからです。

私が、神のお告げを受けたのは七月です。
その日は、とても暑く焼けるような日差しが突き刺さった日でした。
温度が上がったコンクリートに前の日降った雨が焼かれていました。
緑の木々が若々しく、道路と平行するように並んでいます。
まるで太古の神殿の柱でした。
ちょうど蝉がたくさん鳴いて「これが蝉時雨というのですね」と思ったのを覚えています。
そんな中、麦わら帽子と青い短パンの私は道路に倒れていました。
太陽を浴びつつけ、のどがからからになり、すさまじい熱気が私を襲いました。
そんなとき、ふと空を見上げれば神がいました。

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隣人にする、それこそがもっとも人類にとってハッピーだと。
おまえは、神が身近にいることを周囲に教えて回るのだ。と
そのまま意識は高次元のへと引き上げられ、宇宙とは神とは何かを知りました。
多次元的な層を知ることで、深淵につながる接続を確立し、神を視認することができたのです。
私は、ハッピーです。
すべて人類は神が見守っておられます。

それから私は、いっこうに人をハッピーすることができませんでした。
私がこの事実を教えようとしても、拒絶反応を人は示すのです。
ある人は金銭を欲し、ある人は暴力をふるい、ある人はやらせろと言いました。
そこで気づいたのです、現世利益でなければ人は動かないと。
同時にどうすれば、私のこの幸福感を分かち合えるかを考えました。

そこで、ある友人が一冊の本を私に勧めてくれました。
私が教祖になれば、すべて解決するではありませんか!
こうして、私は教祖になりました。信者もいます。
みなさんも、教祖になってみませんか?
そのための素晴らしい一冊を、ご紹介いたします。

完全教祖マニュアル (ちくま新書)

本の概要

この本は教祖へのなり方を二つ示しています。
その二つとは、思想と実践です。
思想では、いかに自分の考えていることを明文化し、わかりやすく伝えるかを書いています。
実践では、思想で完成したものを伝道し、ロジカルに宗教を拡大し信者を獲得するかを書いています。
その根本は、「多くの人々をハッピーにしながら、大きな尊敬を受ける」ということです。
著者は、示した根本を大事にしながら、思想と実践において教祖のなり方を教えてくれます。

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これより先は、本を読むためのポイントを解説します。
神の代理人になり、神を身近に感じハッピーになるための手段です。
退屈だと思われるでしょうか?
いいえそんなことありません、内容はとてもスピリチュアルかつ客観的です。
これから、本の内容を一部抜粋し、私なりの教祖のなり方を解説していきます。
もっと深く知りたい方は、ぜひこの本を手に取ってみてください。

ポイント 教祖になるということ

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前提として、神の教えを説くには教祖で無ければいけません。
この本も、まずは一番はじめに教祖と信者ができる関係を記しています。
信者と教祖の初期の関係を説いています。

まず、教祖とはどういうものなのか、どうすれば教祖になれるのか考えてみましょう。
では、最初に最もシンプルな教祖の姿を提示します。
教祖の成立要件は以下の二要素です。
つまり、「何かを言う人」「それを信じる人」そう、たったの二つだけです。
このとき、「何かを言う人」が教祖となり、「それを信じる人」が信者となるわけです。

 これを、著者は具体的な事例を交えて説明しています。
 ムハンマドのたとえが、面白いですよ。

例えば、今あなたの目の前で奥さんの膝でがたがた震える男がいるとしましょう。
彼は姉さん女房に泣きつき、自分を襲った怪奇現象を必死に訴えています。
「本当なんだ、超自然的存在が俺の首を絞めたんだ」。
彼女は夫を慰めて言います。
「あなたの言うことを信じるわ」。
そうです。この瞬間夫は「教祖」となったのです。
ちなみに、この男の名前はムハンマドと言います。

イスラム教徒として認められるには、シャハーダをする必要があると言われています。
ですが、この瞬間彼らはハッピーなのです。
自ら信じる神に宣誓するのですから、その時の心の高揚感はすさまじいででしょう。

教義を作り、大衆に迎合する。

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お楽しみでしょうか? 
教祖と信者の初期の関係が分かったところで、次にステップです。
どうすれば信者を多く作り、みんなハッピーになるようになるのか?
ということです。
言いましょう。
一つは、神の代理人として神の教えを示す教義を作ること。
もしくは・・・。
もう一つは、教義をできる限り多くの人・・・・・・大衆に伝えることです。
最初に教義を作ります。
どうやって教義を設定すればいいのか、著者は以下のように述べています。

皆さんは、教祖となって人々をハッピーにするのがお仕事ですが、そもそも、現在不幸な人というのは、社会の提示する下記基準に照らして不幸なわけです。
つまり、貧乏だとか恋人がいないとか、出世できないとか、そういうことで不幸になっているのですから、あなたは社会とは別の価値基準を用意すればいいわけです。
「お金なんかない方が幸せだ」「家族など修行の妨げである」「世俗の出世に何の意味があろうか」などなど。
どれも反社会的ですが、こうすることで社会的弱者である彼らを、別の価値基準、つまり、あなたの提供する価値基準でハッピーにすることができるわけです。

では、どうすれば自分の設定した価値基準を伝えることができるのか?
私の場合は、神はいつも身近にいて、みんながみんな教祖である集団を目指したい。
などという目標がありました。
著者は、設定した教義をどう伝えるかも述べています。
それは、大衆に迎合するということです。
ん? それってどういうことなの?
著者はこう述べています。

結論から言うと、彼らに必要なのは極限まで簡略化された教えと、御手軽な現是利益なのだと覚えておいてください。
ヒトラーも『わが闘争』でこのように言っています。
「どのようなプロパガンダも大衆にあわさなければならず、その知的水準は獲得すべき大衆の再生水準の人々が受け入れるようにあわせねばならない」と。

確かに一生懸命頑張っている人に頑張れ、というのはおかしいです。
いつか神はその努力に報いるだろう。と言った方がわかりやすいですね。
著者は、仏教をたとえ話に用います。

仏教ってくそ難しいですから。もちろん、日本に来たからと言って仏教が簡単になったりはしません。
しかし、そんなくそ難しい仏教を、分かりやすーくした教えが現れました。それが浄土教です。
「南無阿弥陀仏と唱えれば極楽に行って成仏できるよ」というとてもシンプルな教えです。
(略)
浄土教にもちゃんとした理論的根拠はあるのですが、しかし、一般人はそんなこと絶対気にしないので、あなたが簡略化する際はそこまで考えなくていいでしょう。

つまり、「わかりやすい教義」と「伝道する先のことを考えた伝え方」が必要だということがわかります。
あとは、あがめるべきモノとしての教祖の存在とその背後の神様を設定します。
そして、その神の名において葬式の一つでも開けばさらに完成度は高まるでしょう。
私の場合はすでに神が見えているので、いかに神を見てもらい幸福感を共有するかが悩みでした。
しかし、宇宙の真理を理解するより、身近に神を体感してもらうということに気づきました。
その後、神を身近に感じることをわかりやすいプロセスに変更し、信者を増やしました。

信者を保持し、教義を進化させる

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これで一定の信者がそろってきたと思います。
実感になりますが、教義を作ったときの充実感は素晴らしいです。
では、信者もある程度確保し、教義によって我らが神の正当性を立証したところで次の手順に移ります。
次は、確保した信者を完璧な幸せを目指してともに自己を磨き、維持せねばなりません。
それを円滑に行うのが不安と救済です。
不安はともかく、救済ってできるの? 簡単なの?
実は、これらはセットになっており、不安を与えるところから救済が始まるんですよ。
著者の言葉を引用すると・・・・・・。

人が宗教を意識するのは基本的に
(略)しかし、忘れないでください。教祖の仕事というのは、あくまで人をハッピーにすることだと言うことを。
不安なままではハッピーになれません。
不安にしたからには、それを解決して救済を与えねばならないのです。

 これに対し、不安を与えるのに科学的な療法を筆者は説いています。
 内観療法といい、精神療法の一種です。

内観療法では、まず、相手に対してセラピストが「あなたのお母さんにしてもらったこと、して返したこと、迷惑をかけたことを調べてください」
などど、過去の記憶を思い出すように促します。
場合によっては、母の代わりに父や兄、上司などになることもあります。
そして、これを真面目に思い返してみると、大抵の人は父や母にしてあげたことよりも、してもらったことのほうがはるかに多いわけですから、なんとも申し訳ない気持ちになってきます。
わかりますね?
まず、ここで「不安」を与えているわけです。

これで、対象を不安にさせることに成功しました。
我らが神の幸福を感じてもらうためにも、マイナスを想起させてから行うことにしました。
そして、ここからが救済です。
いきますよ?

さて、ここまでは申し訳ない気分になっているだけですが、これを続けていくうちに対象者の心情にある変化が生じます。
「自分はなんてダメダメなやつなんだ」という想いから、「こんなだめだめな自分でも、みんなに助けられて幸せだなぁ」という考えへとチェンジしていくのです。
この変化が生じれば、内観療法は成功です。
彼はこれまでの自分中心の価値観から脱却し、周囲の人々からの愛情に感謝できる新しい価値観を手に入れたわけです。
そして、この瞬間、「不安」は「救済」へと変わるのです。
(中略)
あなたがすべきことも要はこういうことだと考えて下さい。
信者たちは、不安に対する救済法を与えられたことでホッとしてハッピーになるわけです。

いかがでしたか?
不安と救済を与えることで信者を効果的に保持できる手段が、まとめられています。
では、信者を保持したところで、改めて教義を見つめ直します。
信者も増えれば、教義もそれに合わせて対応せねばなりません。
ちょっとめんどくさいとお思いですか?
いえいえ、意外と簡単にできるんですよ。
まず、皆さんが疑問に思っていることを提示しましょう。
教義の進化とは何か?
ということです。
先に答えを言いますと、「悟りを開く」ことです。
「悟り」を開くことによって、教義というのはより権威を持ち、説得力が強くなります。
まずは、著者の言葉を見てみましょう。

もし、あなたが「弟子に悟りを開かせたい」と考えているなら仕方ありません。あなた自信も悟るしか無いでしょう。
しかし、そもそも悟りとは何なのでしょうか。
いかんせん、筆者も悟ってないので、「悟り」がなんなのか全く分かっていませんが(中略)、悟りは超能力ではないのです。
(中略)悟りというのは要するに「あなたの脳みそがどうになかった弾みで起こる現象」なんだと。

言われてみれば、悟りは暑さで私の脳がどうにかなった時に、奇跡的に起こった現象でした。
本書の著者は悟ってないようですが、高度な資料学的な分析によって悟りを見つめています。
また、引用はしませんがセックスなども教祖になったとしてもすればよいと著者は考えています。
ひょっとすると、そういう弾みで悟りをえるかもしれません。
(ただし、犯罪であったりやり過ぎると当然逮捕されます)
ですが、同じように悟りを開花させるには同じような状況に置かれれば良いのでは無いでしょうか?
そういう意味では、教義にそういう「悟り」までのルートを追加することによって、さらなる弾みになります。
信者に悟りを目指させることによって、自己の権威を確立し教義は正当性が増すという意味では進化なのです。

布教する

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さて、ここからが実践になります。
教義が進化したら、信者の数を増やさなければいけません。
では、どういった信者が狙い目か? というのはすでに記述してあります。
近親者や社会的弱者が中心となって、信者のコミュニティを結成するのです。
ただ、数が多くなれば統制が効かなくなりますので、数が多くなってきたら改めて考えるべきことを示します。
なぜなら、数が多くなった一つの思想団体は、他者を攻撃することでアイデンティティを確立しようとするからです。
著者は、以下のように警告しています。

他宗教の悪口は今どきはやらないのです。(中略)
例えば、イスラム教といえば、キリスト教と仲が悪かったり、排他的で攻撃的なイメージが強いかもしれませんが、実際はどちらかといえば寛容な部類の宗教だったりします。
現に、キリスト教のイエスも、イスラム教においては預言者の一人として考えられてそれなりのリスペクトを受けています。
(中略)それでも、排他主義より他教を認める方が、第三者目線から見て平和的であることは間違いありません。

気を付けなければならない点は、新興宗教や歴史的な大きい宗教がやっている排他主義に陥ることです。
危険な宗教だと認識されれば、教祖となっても意味がありません。
そして、数をさらに増やすために爆発的な布教に絶対必要なものを用意します。
そう、「奇跡」です。
奇跡を形容するには、歴史を紐解くのが一番早いでしょう。
水をぶどう酒に変える、石をパンに変える、空を飛ぶ。
これらを起こせば伝説に名を残せます。
どうやって奇跡を起こすのか、著者は以下のようにアドバイスをしています。

では、どうすれば悠然と奇跡を起こせるでしょうか?
もっとも簡単なやり方を紹介しましょう。
それは、何もしないことです。
というのも、奇跡はあくせくして頑張って起こすものではなく、あなたの弟子たちによって起こしてもらうものだからです。
(中略)
あなたの教団か生き続ける限り、好むと好まざるとに関わらず、あなたはいずれ奇跡を起こしてしまうのですから。

「奇跡」なんという甘美な響きでしょうか。
自分が生きている時に起こらないのかもしれません、むしろ死ぬときに起こるのでしょうか。
私も、奇跡を起こせば死ぬときに身近に合ったモノが神聖視されるのでしょう。
ですが、モノに頼らずとも、神は近くにいるのです、私はハッピーです。
当然、この本を使って教祖になるあなた方もハッピーでしょう。
私はまだ目に見える奇跡を起こしていませんが、いずれそうしたいと考えています。

まとめ

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いかがでしたでしょうか?
神を身近に感じている人なら、いかにこの本が優れているかお分かりいただけたでしょうか?
また、神を身近に感じていなくとも、悟りを得るか、奇跡を起こせば教祖となって甘い汁が吸えるのです。
もっとも、このまとめを見たからと言って明日からできるとは限りません。
ぜひ、『完全教祖マニュアル』でより完璧な教祖を目指してください。
チェックリストも書内にありますので、チェックリスト通りにやれば簡単です。

最後に、もしうまくいかなかったとしても大丈夫です。
神が身近に感じられるなら、ハッピーなのですから。
たとえ捕まったとしても、元気を出して『Always Look on the Bright Side of Life』と唱えましょう。
そうすれば、ハッピーでいられますから。